2016年10月 2日 (日)

【石牟礼道子さんと面談する件で、お願い】

私は、『苦海浄土』の解説を書いたことがご縁で、10/13、14に熊本に赴き石牟礼道子さんにお会いします。


『苦海浄土』は今こそ読まれるべき本だと私は思っていて、そのために自分が何かできたらと願っています。


『苦海浄土』は、福島や沖縄など、現在の日本の問題に対し道を示してくれる先人の貴重な記録であり、こんにち大切さがいや増しているテキストです。


この面談にご興味をお持ちのメディア関係者、私の水俣面談紀行にご興味を持つ編集者、これを取材したいと思われる方、など、いらっしゃいましたらどうぞ赤坂までご連絡ください。

また、ご興味がありそうな方があれば、話してみてください。

この投稿をシェアしてくださることも、うれしいです。

赤坂真理 拝

2016年5月26日 (木)

私は「よじれ」を大切にしたいーーオバマ大統領の広島訪問に寄せて

朝日新聞のインタヴューを受けました(5/25夕刊)
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12376315.html

このインタヴューは、終盤に反省点がある。終盤をまとめきれなかったか、わかりやすくまとめすぎたか、どちらかのように思う。自分が本当に大事に思うことのほうにもっていけなかったのは、私の反省。
どのトピックを選ぶかには、話者の希望が通らないときもあり、それは了解している。また、紙幅と時間との戦いで、デリケートな議論は置き去りになることがある。インタヴューはむずかしい。
補遺を、書いてみました。


***

私のフォーカスは、憲法を賞賛することより、私達の中の「よじれ」を大事にしたいのだ、ということだった。


「解消したい」のではない。「大事にしたい」のだ。
最後まで読んでもらえたなら、その意味をわかってもらえるのではないかと思う。


「よじれ」とは、日本が敗戦とその余波の暴力状態を受けつつ、同時にそれによって得もしたのだ、ということ。
そこに嘘をつかず、居直らず、卑屈にもならず。


私が日本国憲法について触れたのは、日本国憲法を礼賛したいからではなく、オバマ大統領のある種の「夢想家」の資質が、かつて日本国憲法を書いたアメリカ人たちと、通底するものがあるように感じたためだった。


日本国憲法には、一国の憲法に、「世界の平和」のことが書いてある。
日本国憲法と言えば戦争放棄の第九条が有名だが、前文が私は好きだ。


  「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」


もし私がオバマ氏に会うようなことがあったら、「あなたは、日本国憲法の草案を書いたアメリカ人たちに親しさをおぼえたことはないか?」と訊いてみたい。
そんなふうに、思ったのだ。インタヴュー本編ではそう語った。
幾度かの改稿で、ここが落ちてしまった。


オバマ大統領の演説を見て、彼は自身をキング牧師などに列する者と位置づけていると感じてきた。黒人がアメリカ社会で公然と差別されているとき、平等な社会を夢見たキング牧師などに。


キング牧師がアメリカ公民権運動をしていた時代には、黒人が大統領になるなど夢のまた夢だった。
しかし、成ったのだ。成ってみれば、歴史の必然のごとく。


つまりは、あるとき、そのときにはない理想を夢見る者がいて、後世において、それが当然となった。
あるときには夢想と一蹴されるようなことを、真剣に提示した者がいたからこそそれは成ったのである、という信念がそこにある。
だから、実効性がないというそしりを恐れず理想を語るのだと思う。


オバマ大統領の「核なき世界」のヴィジョンのはじめが示されたプラハ演説(2009年)を見て私が感じるのは、


「第二次世界大戦とその余波の冷戦をほんとうの意味で終わらせよう」
というオバマ大統領の意志だ。


第2次世界大戦と、その大きな余波である冷戦構造。
核の全面対決にならないように戦争が局地戦となり、代理戦争化し、そうした荒廃の中に、内戦やテロリズムが連鎖してきた。
世界は、まだ、第2次世界大戦の戦後処理をできていないのだ。
私たちが生きているのは、そんな世界だ。そんなニュースばかりの毎日だ。


私は「バリバリの護憲派」ではないし、憲法は未来永劫変えるべきではないとも思わない。ただ、日本人が戦後七十年もこの憲法とともにあり、日本人の多くがこの憲法を大事に思ったことは事実。その歴史は歴史として、一度きちんと受け止めておくべきだと思う。と言った。


そして、この特異な二国関係の中に、未来へのヒントはないだろうか、と考えてみたい。
思えば、それはすでに、勝者と敗者や被害加害の関係を超えているのだ。


プラハ演説でオバマ大統領はこう言った、

 「核保有国として----唯一、核兵器を用いたことがある国として----アメリカには、核兵器を廃絶する道義的責任がある」


ここには、身勝手さと崇高さが同時にある。

これこそが、日本にあったよじれの感情の源泉でもあるし、アメリカが世界中で憧れられ、同時に嫌われてもきた所以であろうと思う。


爆弾を落としておいて、落とした責任においてこれを葬りたい、というのは、欺瞞であるとも言える。
しかし、オバマ大統領はそのよじれを超えていこうと、苦しみ、自他に訴えているように見える。


プラハ演説はまた、エネルギー問題などにも触れる。
戦争とエネルギー問題は密接にかかわる。ひとつの戦争の時代を終わらせようとすることは、そこまでの視野を必要とするものだろう。


ひとつの戦争の影響は、半永久的に続く。
勝った国の民も、苦しむ。


核兵器の廃絶はもちろん人類のためになることだと思う。が、それが「戦争の連鎖を終わらせる」という意志に基づいていないならば、核兵器は廃絶されても、別のより壊滅的な兵器が開発されるかもしれない。


本当に第二次世界大戦とその戦後を終わらせるには----そして争いや収奪や奪い合いや、恐怖や欠乏や無知を超えた「皆が共存しうる世界」を目指すには----日本にとってもふさわしい時期であるように思う。
本当の意味で「戦後」の実相が露呈してきたのは、近年なのだ。


私たちはよじれた立場にあったし、今もある。私はまず、それを認める。
私たちは暴力下に置かれ続け、同時に得もしてきたのだ。
そのことは、私たちに、私たち自身のことを語ることをむずかしくしてきた。


しかし今。
争いや奪い合いや暴力連鎖を超えた世界を考えるとき、日本のもつよじれた立場は、弱さでなく強さでありうるのだと思いたい。


なぜなら、よじれを自ら超えていこうとすることは、より高い水準の理想を想定するしかないから。
ただ自国だけでなく、二国間の支配や服従や利害調整でなく。


もちろん夢想に聞こえるかもしれない。
でも夢を想定してみなければ、そこへ行く具体的な道も、考えることができない。

 オバマ米大統領が27日、広島を訪問する。原爆を投下した国であり、同盟国でもある米国のトップの被爆地訪問をどう受け止めるのか。小説『東京プリズン』などで戦後日本に向き合ってきた作家の赤坂真理さんに聞い…
ASAHI.COM

2015年9月10日 (木)

「想像してごらん」

新たな安保関連法案の参議院での審議を待つしかない今。
これは7/15に毎日新聞に載ったインタヴューなのですが。

... もっと見る

2015年8月12日 (水)

ラジオ出演 8/16

8/16。終戦の日の翌日に、NHKのラジオ番組に出ます。

テーマは戦争に関することではありますが、共演者が、漫画家の今日マチ子さん、劇作家の古川健さんと、全員がフィクション作家なので、「想像力」の話になると思います。
非常にたのしみです。
創作の秘密などの話も、出てくるかもしれません。

リスナーのみなさんも、どうぞお楽しみに!

2015年8月 9日 (日)

『東京プリズン』増刷のお知らせと御礼

7月下旬に、小説『東京プリズン』の文庫版が10刷になりました。
「『戦後論』はこの本から始まった」という今回の帯のコピーが、とてもうれしかったです。

最初に出た2012年7月、そして書き始めた2010年ころ、進行形の「戦後論」というものは、あまりさかんではありませんでした。
まして「敗戦は続いているので は?」という直観によるものはなく、小説ともなると、さらにまれでした。21世紀を10年も過ぎてそんなことを感じてしまう私は、どこかおかしいんじゃないかと思い、とても不安だったのをよ く覚えています。

いろいろな人に励まされ、助けられて、本にすることができました。この場を借りてお礼申し上げます。...

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赤坂 真理さんの写真

2015年7月24日 (金)

私たちの民主主義

鶴見俊輔さんが亡くなった。ひそかに私の心の支えだった思索家であり、書き手であり、運動家だった。
「鶴見俊輔。リベラルということばはこの人のためにある、と思える。どんな主義主張にも拠(よ)らず、とことん自分のアタマと自分のコトバで考えぬいた」
というのは上野千鶴子さんの追悼文の一節だが、胸に迫る。

先日私が受けたインタビュー(朝日新聞朝刊7月24日掲載)でも、鶴見俊輔さんに言及した。
私たちの民主主義ということを、自分の頭で一から考えようとするとき、私がいつも思い起こすのは、鶴見俊輔さんだったから。

その記事は、訃報とほとんど同じタイミングで載った。

鶴見俊輔さんに捧げる。
何か呆然としてしまい、「ご冥福をお祈りします」なんて言葉も出てこない。

http://www.asahi.com/articles/DA3S11875046.html

2015年7月 6日 (月)

内田樹さんの本の解説

内田樹先生の『最終講義 生き延びるための七講』の文庫版(文春文庫)に寄せた解説が、ウェブでも読めます。
内田先生にも気に入っていただけたようで、本当によかった。

本編は、異様なほどのドライヴ感に満ちた論考です。私は内田先生の本を多く読んできましたが、その中でも、きわだった熱量だと感じます。

「場」が成り立たせる「語り」ならではの凄み!

ぜひ、手にとって、体験体感してみてください!

本の話
http://hon.bunshun.jp/articles/-/3769

ブロゴス
http://blogos.com/blogger/hon_web/article/

2015年5月 6日 (水)

ゲラばかり見ていた その2

ゲラばかり見ていた昨今のことを、順不同に書いていたら、途中で中断が入り、そのあとしばし息絶えておりました。

その2くらいにあたったのは、半藤一利さんの『いま 戦争と平和を語る』の文庫版解説の仕事。とてもいい本で、思わずいっぱい解説書いてしまいました。

「戦争を語り継ぐ」というのは、よく言われることだけれど、ほとんどの人が本気だとは思えない。もし本気だったら、この言葉は、八月の季語以上のものになってるはずでしょう? 
そんな中で、本当に戦争を語り継ごうという意志を感じた一冊でした。

近代史研究家の半藤一利氏(戦争経験世代)に、日本経済新聞の記者である井上亮氏(その子世代)が、「あの戦争とはなんであったか」を訊いた対話。

戦争には企画・立案がある。しかし「あの戦争」を「そういうもの」として語ることは、戦後、なぜか禁じられてきた。あるのは「巻き込まれ型」や、戦争を「天災」のように語る視点だけだ。ある種の人たちが大好きな、特攻隊の話だって例外じゃない。

「なぜだか戦争が始まって、巻き込まれた私は戦地に送られ、あるいは天災のように降る爆弾の中、逃げ惑った」ーーそんな話ばかり。NHK朝の連ドラのヒロインみたいな視点しかない(繰り返すけれど、特攻隊だってほとんどは「巻き込まれ型のかわいそうな兵士の話」なのだ。そのほうが失礼じゃないだろうか)。それはそれで本当だろうけれど、戦争がそれだけであるはずがない。

そしてもしもだよ、本当に誰にも責任がないのに、空気に逆らえないまま何か運命の歯車みたいなものが狂っていって日本人があの戦争に突っ込んでいき、あの結末になったのだとしたら!? そのほうが、ずっとこわいじゃないか!? そのメカニズムをこそ、私たちは突き止めないと私たちの社会、ヤバいじゃないか! そこに直面することを、今すぐにでもはじめなければ。

半藤一利氏のような戦争経験世代にも、どうしてああなったかわからない。わからないから彼は、上の世代に訊き始めた。多くの軍人にインタヴューしてそれをまとめてきた。
その半藤氏の話を、井上氏が引き継いでいる。
語り継ぐって、こういうことではないだろうか。

http://www.amazon.co.jp/%E3%81%84%E3%81%BE%E6%88%A6%E4%BA%89%E3%81%A8%E5%B9%B3%E5%92%8C%E3%82%92%E8%AA%9E%E3%82%8B-%E6%97%A5%E7%B5%8C%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%82%B9%E4%BA%BA%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%8D%8A%E8%97%A4-%E4%B8%80%E5%88%A9/dp/4532197627/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1430918095&sr=1-1&keywords=%E5%8D%8A%E8%97%A4+%E4%B8%80%E5%88%A9%E3%80%80%E3%81%84%E3%81%BE
「作家・赤坂真理氏の、戦争を知らない世代からの解説も必読! この本に新たな息吹を吹き込んでくれています」

という出版社のコメント(Amazon)に、ちょっとほっとしています。

私はこの本に出会えてよかったです。

2015年5月 2日 (土)

近況:ゲラばかり見ていたその1

私のここ一ヶ月くらいの、「ゲラばかり見ていたライフ」は、年始に放映されて好評だったNHK教育『100分de名著 「日本人」とは何者か?』のムックつくりから始まりました。

わかりそうでわからない、日本人というもの。
言えそうで言えない、私たちの精神のかたちや、美意識のあり方。
あるいは、それらに無自覚すぎて自らを危険にさらしてきたことなど...。
わからずにいることは、今も危険だと思います。

四人の論者で、合わせて文殊の知恵というか、その広大な全体像や未知の領域が、見えてくるしくみになっています。
自らのことにして、最も未知なことがわかってくるスリルさえ感じます。

私としては、共演の中沢新一さん、斎藤環さん、松岡正剛さんと、司会の伊集院光さん、武内陶子アナウンサーに助けられて、自分ができる以上の認識をできた仕事でした。

これで900円は安い!

ぜひご一読ください。

http://www.amazon.co.jp/%E5%88%A5%E5%86%8A%EF%BC%AE%EF%BC%A8%EF%BC%AB%EF%BC%91%EF%BC%90%EF%BC%90%E5%88%86%EF%BD%84%EF%BD%85%E5%90%8D%E8%91%97%E3%80%80%E3%80%8C%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%AF%E4%BD%95%E8%80%85%E3%81%8B%EF%BC%9F-%E6%95%99%E9%A4%8A%E3%83%BB%E6%96%87%E5%8C%96%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BA-%E6%9D%BE%E5%B2%A1-%E6%AD%A3%E5%89%9B/dp/4144072088/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1430526618&sr=8-1&keywords=100%E5%88%86de%E5%90%8D%E8%91%97+%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA





内田樹さんの本の解説を書きました!(近況:ゲラばかり見ていたその3)

ゲラばかり見ていた その3(直近)

ゲラとは校正を入れるための、本物そっくりさんの印刷物。
これを見るのは、本をつくる作業の最終段階です。

内田樹さんの本『最終講義 生き延びるための六講』が文庫化されるにあたり、なんと私が解説を書かせていただきました!  超重圧でしたが、光栄で楽しい仕事でした。ゲラはやっと一昨日手を離れて、編集者の手も離れて、印刷所にいきました。あとは私にできることは何もありません(笑)

内田樹先生の、大学の先生として最後期の講演集です。
しているのは1人なはずなのに「セッション」を聴いたような体感、異様なまでのドライヴ感、残響を身体で味わうかんじ....そんな読書体験は初めてでした。
ぜひ、多くの方に味わっていただきたいと願っています。

発売は6/10ころ、文春文庫です。

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