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2011年1月

2011年1月28日 (金)

私ではない私がいる

ときどき、私を観察している私に気づく。

その私は、私ではない。

2011年1月24日 (月)

現代を考える 〜〜お年玉と住宅ローン〜〜

未だにお正月のことを考えている。
考えているのは、「お年玉」の発生がいつだったかということだ。
今年も二人の姪にお年玉をあげたが、これは実のところ急な冠婚葬祭の出費があるのと同じ感覚で、ちょっと苦しい。
いつからこんな風習があるのか??

そこで、お年玉が発生したのはいつだったのかというのに今興味を持っている。
私の母親に訊いてみると「自分はそんなものはそんなものはもらったことがないし、昔の人は他人に現金を直接渡したりすることを失礼と考えていた」と言う。

では、なぜその人が親になって子供や子供のいとこや親族の子たちにお年玉を与えたのか?

「ボーナス」に似ているとふと思う。
田中角栄の有名な逸話にも似ていると思う。何かの式典で角栄に花束をくれた女の子に、角栄は自分の財布から札を出してあげようとした。側近がたしなめるのと、「私は一番大切なのが自分の命、二番目がお金。その大切なものをあげて何が悪い」と言った。
日本全国津々浦々の大人たちがそう考えていたとは思えないけれど、お年玉の発生時期が「拝金主義の発生」と重なっていたことはほぼ事実であったように思われる。

子どもが、月々のお小遣いをもらって、ボーナス(お年玉)をもらう。そしてその小さな頭の中で「ボーナス」はすでに織り込み済みの予算である。
それって、サラリーマンみたいだったね。
子どもがサラリーマン予備軍だった時代の象徴的行事だったのだろうか?

誰しも、予想外の実入りがあるのはうれしいことだが、それをあらかじめ想定して消費計画に組み入れてしまうと、話はちがうことになる。
それって「住宅ローン」に似ていたね。

一時代の住宅ローン(今でも少なからぬ割合が)、「定期収入」「定期昇給」「定期ボーナス」を「想定内」とした前提のもとになりたっていた。
だからいま、多くの住宅ローンが破綻している。その住宅ローンの考え方自体、一時代の(まぐれ的)特性に依存しすぎたものだった。

お年玉もその類ではないかと私は踏んでいる。
「昔、『ラッキーコイン』のような感覚で、今の50円や100円程度の『お年玉』(文字通り、玉銭)をあげることがあった」という記述をどこかで読んだことがある記憶もあるけど、欲しい大物玩具を買うような「予算」として子どもがあてにするような「お年玉」が、高度経済成長期以前にあったという記述は、読んだことがない。
知っている人がいたら教えてください。

お年玉・・・
月給があってボーナスがあるようなサラリーマン(正社員)になることが、今やまるで見果てぬ夢であるかのような10代や20代がそれをあげる立場になったとき、消滅するのだろうか。
消えるときは、案外あっけなく消える気もする。消したいという欲求などなくとも。

2011年1月10日 (月)

花も君を見ている

子供の頃、「他の人の身になって考えてみなさい」ということをよく言われた。
要するに、人がされてイヤなことをするなということだ。

でも、実はこの言葉、いまいちピンときてなかった感じがする。
他人の内面などどこまで行っても推測に過ぎないから、他人がこれをイヤだろうと思う解釈も自分の延長ではないかと、思っていたのではないだろうか。
実際、他人の感情が自分の推測と劇的にちがっていた経験も一度や二度じゃない。

そんな言葉だったのだが、数日前、とつぜん腑に落ちた感じがした。

「他人として見て、嫌だと思うような自分になるな」

ということではないかと。

「花も君を見ている」という言葉がある。
君が花を見ていると思っているとき、花も君を見ている。
ネイティヴ・アメリカンのどこかの部族の言葉だったと記憶する。

だとしたら、と私は思いをめぐらせる。
どういう存在に、自分はなりたいだろう。

花である自分から見て、どういう人なら、うつくしいと感じるだろうか?

人からどう見られるかではなく、自分がどうなりたいかを問いなさい。

そういう問題ではないかと、今は思う。

2011年1月 1日 (土)

あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。

実は、私は今日までお正月が好きではありませんでした。

子供の頃や二十代くらいまでは「年末」が大好きで、とくにクリスマスから大晦日までのきらきらした感じは永久ループしてほしいと思うほどでした。三十路だろうが四十路だろうが今も年末の雰囲気は大好きではありますが、働いていると年末は妙な強迫観念と具体的な時間の少なさ(私は作家なので、出版業界の「年末進行」というものを受け、ふだんより圧縮されたタイムテーブルで動かなければいけない)という二重支配が存在する時空ともなっていき、息苦しさと強迫観念合わせて35%、みたいな感じになって残念です。

さて、なぜ正月が好きではなかったかというと、日付が変わった瞬間に何もかもが「あけましておめでとうございます」と連発しはじめ(アバウト三日間)、テレビをつければいつにも増してうるさくてしかも意味のないプログラムがあふれ、<ハレ>がこれでもかと強調されるわりには、奇妙に気の抜けた時間だったからです。

しかし今朝、この2011年の元旦に、自転車で近所を走り、最寄りの神社へ行こうと思い立ち・・・・・・私は去年の後半に今の住所に越してきたばかりで最寄りの神社を知りませんでしたので、ぶらぶらと走りました。

近所のひらけた場所を走っていました。冬の晴れて空気の澄んだ日にはそこから富士山が見えるからです。
今日は若干空気が霞んでいて富士山は見えませんでした。
が、ペダルを漕いで進んでいると不思議な感じに襲われました。
人がひどく少なくて、私は最小の力で凪いだ空気の中を進み、空気は洗われたようで、ものが全て平等に穏やかな太陽に照らされている。

ああ、このぽかーんとした感じこそが、お正月なんだ。

日本の神様は、こういう時空にやってくる。
世界が器そのものであるようなこの感じ。
空(くう)でいて満ちているような、この感じ。

お正月が好きになりました。

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