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2011年2月 1日 (火)

日本語的世界 英語的世界 〜ロボット戦争談 後日談

ロボット戦争シンポジウムの、後日談。

そこで知り合った人たちにお礼のメールを書いた。
そうしたら、ロボットの研究(軍事技術ではない)をしている人から最初に返信が来た。

「サッカーの日韓戦を見て興奮さめやらぬ頭で朝に書いています」

と、楽しい近況が導入だった。
日韓戦は私も全部見てしまったので(なにせ逆転に次ぐ逆転劇でPK戦にもつれこみ、日本がPK戦で勝つのを初めて見た気がする!)、興奮を共有して一瞬で仲良くなり、そのことをまた返信、しようとした。

と・・・面白いことに私は気づいたのであるよ。

日韓戦、などの「戦」に当たる部分は、本来は”game"か”match”と言う。
その「ゲーム」に「戦」と当ててほとんど疑わない日本語と日本人の心性(私を含めて。「日韓試合」などと自然には言わない)。
それを考えてみるとなかなか興味深いのだ。

そのついでに考えるに、アメリカ人的頭には「戦」が「ゲーム」であるのかもしれない。

単なる思いつきとはいえ、どこか本質を突いているように思われる。
いい悪いではなく。

もしかしたら英語の「ゲーム」も、実は私たちが日本語ベースで想起するものと、少しちがうのかもしれない。

簡単な言葉のようだが、外国語の、ハートやはらわたにしみこんだ感覚までは、なかなかわからない。

そしておそらく言語が人のメンタリティに与えている影響は、言語を使う当事者たちが思うより、ずっと大きい。

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