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2011年4月

2011年4月27日 (水)

スーちゃんに捧げる

心を通わせたことのある人の旅立ちには、立ち会いたいと思うたちで、元キャンディーズのスーちゃんこと田中好子さんの告別式に行った。
死んだからってメディアのようにとつぜん「スーさん」と呼ぶ気には私はなれない(それに間抜けな部長みたいだ)。彼女はいつまでたっても私にとってスーちゃんだ。

四月四日はキャンディーズの解散コンサート。と、そのころ友達としていた交換日記に書いたのをよく覚えている。スーちゃんのとつぜんの訃報を聞いたとき、やはり四月に帰るんだなと、獏とした感慨を持った。

スーちゃんとは、なんの面識もない。だけど私は彼女と心を通わせたのだと思っている。
キャンディーズの存在と歌は、私の一時期の、心のどこかをたしかに分ち持ってくれていた。
ごく若い者が、言葉にできずに抱える夢やおそれや憧れ、ふるえ、そういったものがキャンディーズが歌う歌にはあった。

なぜだろう。詩とは言葉の並びにすぎない。曲とは音の質や位置関係にすぎない。いわばそれだけのものの中に、自分の感情や時の空気が、光になって、そこにあった。
私はたしかにそれに支えられた。
「私の気持ちがここにある」。そう思うだけで、人の心は満たされる。あるいはいくぶん軽くなる。なぜかはわからないが、「それ」は起こる。誰かが、この私の歓びや悲しみや恐れや焦りや重荷と同じものを、持っていると知る、それだけで、あるいは、私の苦境や心の闇夜が私だけのものでないと知る、それだけで。
表現で物質世界が満たされるわけではない。けれど、物質に先行することがたしかにある。というか、そういうものによって物質世界ができているのではないか? 人は、想像できないものを創れない。

意識にいちいちはのぼらないそうした無数のものによって、私は生きてきたし、生きていけるのだろうと、今は確信できる。そのことに、心から感謝する。

スーちゃん、長い間ありがとう。

2011年4月13日 (水)

在りて在ること

今日からなんと、教えはじめる。
そこは実を言えば私の初恋の学校なのだが、初恋にはえてして運命のいたずらが働くようで、グレたこともある私だったが(笑)、こんなふうに行くなんて人生の不思議。
まるで自分が入学した気分。

創作(Creative Writhing)を教えるということなのだが、何を教えていいかはわからない。
ただ、偽りなく真の自分で在ることの大切さだけは、言いたいと思う。教師でなく、同じ道を歩く仲間として。

本当の自分は、「探す」もんじゃない、「なる」もんでもない。「在る」ものだ。
「なる」よりは「帰る」のほうが近い。

最初から「在りて在る」

「我は在りて在る者」と言ったえらい人がいるけれど、そして人々は彼を崇め奉ったり、反面殺すほど憎んだりしたけれど、「在りて在る」とは、すごいことなのではなく「人間本来の姿」のことを言ったのではないかと、今は思う。

2011年4月 4日 (月)

3月11日から

3月11日から、起きたことに沈黙し、何が言えるかもわからず、アップしなかった文章。

朝目が覚めて、ああ今日も生きてるんだなと思う。
地震の翌朝からこんな感慨を持つ。
地震の翌朝、これが昨日の朝だったらよかったと思った。
またもうひとつの平和な一日だと思っていた。
死ぬ人と生きる人の、ちがいはなにか、私にはわからない。
運命とはなにか、それもわからない。
まず息を吐きましょう、そこから呼吸がはじまります。
と、未曾有の事態を前にしてそれぞれに身を硬くする私たちに、師は言った。
その師の故郷は岩手で、海と土に還った。

ひとつ、ここからなんとしてもさとらなければいけないことがある。
先延ばしにしながらずるずる依存してきたているものを、もう先延ばしにはできないのだということ。
沖縄のアメリカ軍基地がそうだった。
そして今、たとえば原子力発電。

異常の起きた原子炉を止められませんと言う。
炉心溶融も起こったらなかなか止まりませんという。
使用済み核燃料の温度が下がりませんという。
なるほど、反応なのだから止められない。
いざというとき人の手を離れてどんどん自動的に反応するものを、人が操作することを「安全です」と言ってきた。それは正気だったか?
こういうときによく言われる言葉がある。
「起きてはいけないことが起きてしまいました」
そうじゃない。
起こる可能性があることが、起きた。
何にだって最悪のシナリオはある。
しかし原発は、最悪のシナリオに人が何一つ手出しできないようなことが多すぎる。

たしかに小さな燃料で大きなパワーが出る。
しかしそのために、何重もの鋼鉄のシールドで覆わなければならない。
覆ったところで最後には、放射線は物質を透過する。
そしてそれだけのことをして、お湯を沸かしているだけというのが泣かせる。
原子力発電の作業に従事している人をバカにしたいのではない。
今、事故の被害を最小限に食い止めようと作業している人たちには、全身全霊で安全を祈り、応援を送り栄誉をたたえる。
個々の営みはすばらしく、賞賛されるべきものだ。
ただ、手に余り過ぎるものを相手にしている。
人間のアイデアが、自然原理にまるでついていけていない。
原子炉が何度になろうと、百度のお湯しか沸かせない。
沸かしたお湯の水蒸気でタービンを回すという意味では、私たちは蒸気機関からさほど進化していない。
何を燃やすかが変わっただけだ。

核燃料廃棄物は地中深く埋めるから安全なんだよ。という広告を見たことがある。
土中深く深く、三キロメートルだったか、三十キロメートルだったか。
そうまで人から引き離すべきものは、そもそも安全ではない。
たった一回廃棄すればいいのか。何度も何度も、だろう。
その説で言えば地上は核燃料廃棄物の墓ばかりになって人の住むところはなくなる。

原子力発電には、「エコ」ブームが追い風になったことを忘れてはいけない。
Co2排出量にこだわるあまり、その排出量の少ないクリーンなエネルギーとして、原子力発電が浮上したのだ。
Co2は目安をはかるひとつのものであって、目的ではない。

大量消費大量廃棄への対抗として、エコがあるはずだった。
安全で、より持続性がある社会を築くために、エコがあるはずだった。
それが、単なるレジ袋の話になったり、原子力発電推進論に化けたりしてきた。
瑣末なことばかりに気を取られるのも、危険なものに手を貸すのも、エコではない。
廃棄にあまりの手間とコストがかかるのだって、エコではない。
死者を出し、世代を超えて健康を蝕む可能性のあるものは、最もエコから遠い。
よくよく考えなければいけない。
何が究極的に必要とされるのか。
何が目的なのか。
どうしたらともに栄えられるか。

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