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2013年7月

2013年7月10日 (水)

東京都初の住民投票 のその後

小平市の住民投票のことを書いたきり、考えこんでしまった。
あれを書いた翌日に行われた住民投票は、37.1%の投票率で、事前に市議会で定められた50%の投票率規定を満たさなかった。よって無効とされた。

このことは、多くの示唆を含んでいる。
この案件から学べることは多い。

私が、最低投票率を定めた事前取り決めに反発したのは、日夜いろんなレベルで遭遇する「権力を持つ側」のふるまいを思い出させたからだけれど、日が経つにつれ、あれには妥当な面があるのではないかという考えも湧いてきた。


1)私の念頭には憲法を改変するための国民投票のことがあった。
 しかし、

 国民投票こそ、最低投票率の規定が「あるべき」なのである。

 でなければ、少数意見がなし崩しに通る。
 そして、誰かが何かをなし崩し的に通したいと思う時、合法な小細工は本当にあの手この手ある。歴史上もいっぱいある。日常にだっていっぱいある。


2)小平市の住民投票は「開発見直し派」(簡単にいえば反対派)の努力の結実であり、それはそれですばらしい。
が、とうぜん、投票に行くのは「開発見直し派」が多いから、それが全体住民の中の少数意見である場合、開票されたものの意見の割合は、必ずしも全体の反映ではない。割合が転倒している可能性がある。


その他にも、この案件はいろいろ考えるべき点を含んでいる。
たとえば住民投票をする人に関する規定。
これを、「住民で選挙権がある人たち」に限るのは適切なのか。
ことは道路である。住民票がない人達もたくさん通る。

そして、これがいちばん大事な点。

子供にも投票権があるべきではないだろうか。


森を切ったり、道路を通したりと、環境に大きな改変があるとき、あるいは憲法を改変したりするとき。

その影響を最もリアルに生きることになるのは、小学生や中学生といった子供たちだろう。

子供たちの本音の中には、大人たちよりも、未来が含まれている。これからのライフスタイルの変化や、嗜好の変化、望みの変化、などなど。
大人はそれに耳を傾けるべきなのだ。


小平市と同様の案件は、近頃多く浮上している。立川の道路計画、船橋のUR団地開発などでも問題になっている。いずれも、とても昔の開発計画が今になって発動し、住民や近隣が戸惑うという構図になっている。

とにもかくにも住民投票まで持ち込んだ小平市民は、日本人の意識のために、まだまだできることがあると私は信じている。

そして、私にとっても、誰にとっても、それは他人ごとではないのだと思う。

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