« 記事のお知らせ | トップページ | 晴れた朝にはオリオンが見える »

2013年8月13日 (火)

お盆に想うこと

今日は乗らない日だった。自分を乗せたいのに、リズムに乗れない。それに、なぜか憂いが、払っても脇に寄せても、戻ってくる。

ん、戻ってくる? ああ、お盆だから? カウンセラーの友人が「この時期は空気の密度が濃くなる」と言っていたのを思い出した。
そうかもしれない。
別の友人に、メールした。
メールした友人曰く「去年、お盆のときに、あれ? お盆のときってこんなにキツい? と思ったので、数日前から用心してました」

そうか、そうだよね、いろんな存在が戻ってきているのだろう。それで空気の密度が濃いのだろう。迎えるはずの人が、忘れていつもと同じ日だと思っていただけか。

境が薄い時、とも言える。
さきごろ二人の友人がとつぜんにそれぞれ重い(私にとって)告白をしてきた。それも、こういう時だからかもしれない。

小さなころは、母親と一緒に迎え火と送り火をした。藁を燃やして、つかの間里帰りする魂の目印にする。火が小さくなるころ、生きている者たちはそれを飛び越して、健康を願う。暗い中、うずみ火が消えるまでずっと見入った。
そんなこともしなくなっていた。

ベランダにキャンドルを灯し、これを目印にしてねと、空に言った。
「生まれ育った家はもうないし、私も結婚してちがうところにいる。でも、真理の家はここですよ、帰ってきてね。お父さん、おじいちゃま、おばあちゃま、会うことのなかった伯父さん。会いたいよ、なぜここにいないの、どこにいるの、会いたいよ。会いにきてよ。友達もつれて、会いにきてよ」

蝉たちが、もう暗いというのにうるさく鳴いている。
すべてのあかりを消して、キャンドルだけを見た。生(き)のスコッチを舐めるように飲んだ。
そしてひとしきり泣いた。

« 記事のお知らせ | トップページ | 晴れた朝にはオリオンが見える »

エッセイ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/562405/57986231

この記事へのトラックバック一覧です: お盆に想うこと:

« 記事のお知らせ | トップページ | 晴れた朝にはオリオンが見える »