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2013年9月

2013年9月21日 (土)

見ました! 夜明け前のオリオンと名月

今日、午前3時半ころに目が覚め、やったー、とばかりに、外に出た。
パジャマのままです....

見ました!
秋の名月と、夜明け前にひっそり輝く、夏の終わりの終わりの、オリオン座。

紺色の空。
北を背に、オリオンは左(東)に、満月は右(西)に。

月光浴。
明るすぎるほどの白い光に地は満たされて、小さな虫が地面を這うのさえ、くっきりと見える。
鳥たちは寝静まって、虫の音だけが、空気をふるわす。

古代からこうだったであろう、地球の風景。
ざらっとした岩石の上に、一人置かれて照らされているような感じ。
でも何かの「気配」が満ちている。
見知らぬ古のものたちと、しばし共振する。

空は、片時として同じではない。
朝日を見たり、夜空を見たり、夕日が沈むまでの空を見たりしていると、今がいつなのか、わからなくなることがある。
同じ場所の、連続性が、切れて溶けて、日付で言えば今日見た風景が、とても昔に思えたりする。

2013年9月20日 (金)

明け方のオリオン座、その先、あるいは、前。

中秋の名月から一日。今日も月が綺麗!
今年の中秋の名月は特別だったらしい。
中秋の名月にして満月で(必ずしも満月に当たらない年もある)、さらに、軌道の関係で真円の月だったという。

朝、早く起きるようになってから、空をよく見る。
私たちはまぎれもなく星に住んでて、どこにも、宇宙じゃないところなんて、ないんだなあ、なんて、なんとなく体感できる。
今から寝て三時半頃に起きたら、あの月とオリオン座が並んでいるところが見られるのかな?
起きられたらね。

思い出したことがある。
物心ついてこのかた朝が苦手だった。
と思っていた。
思い出したのは、物心の前。
物心の前は、なんだったんだろう?

ただ存在していた。

私が小さな一時期、祖父と寝ていた。
母が帰りの遅い父や年子の兄たちに注意をとられ、私には祖父が、目を配るともなく共にいた。私が育ったのは古いつくりの一軒家で、土間風の空間があったり納戸があったり祖母の鏡が置かれたたった二畳の部屋があったりしたが、二階の大部分は、二間続きの和室だった。

そこは和室というより、子供の目には少広間(大広間ならぬ)くらいの感覚で、床の間近くの一隅に、老人と幼児が布団を敷き並べ、ぽつねんと寝ていた。祖父はすぐ寝入るので、私は天井のじっと木目を見ていたりした。

祖父は、家庭内でも憶測が飛んだほどに、過去も心も人に語らない、大陸帰りの明治の男だった。それでいて厳しくはなく、私にとってはどことなく愉快な人だった。一日のうちで祖父の言葉を聞くのは布団に入る時にたったひとこと、「寝るに如くは無し」(寝るよりいいことはない)。

その祖父と寝起きしていたとき、私はたしか早起きしていた。一緒に雨戸を開けたりしていたから。雨戸を開けるのは、最初に起きた者のすることだから。
雨戸は木で、床面におろした閂を、寄木パズルのように上げる。それが好きだった。晴れの日と雨の日で、建付は違う。木が乾いたり膨らんだりするから。雨戸を開けるのは、朝を家の中に割り入れるような体験だった。

そして私たちは何も喋らない。黙っているという意識もない。冬の早朝には、祖父がストーブに火を灯すのをじっと見る。物言わぬ老人と、言うべき言葉のない幼児。誰かといて、次に何を言おうと考えないのは、とてもよい時間だった。

私たちは、ただ、存在していた。

2013年9月11日 (水)

晴れた朝にはオリオンが見える

朝の三時か三時半くらいに目が覚めたら、あるいは起きていたら、南東の空を見上げる。澄んだ空なら、そこにオリオン座が見えるから。月があまり大きくない日なら、さらによく。

八月の半ば頃から、なぜか、目が覚めると4:50か5:50ということが続いていた。なぜいつも50分がついていたのかは知らない。ともかくそこで起きるということをやってみた。けっこう、仕事が進んだりするものだ。それはさておき。

そのうちに何日かに一度、目が覚めて「4:50か5:50だろう」と思ってカーテンを開けると、真っ暗!ということがあった。
それは三時台に起きた時。
そんなときに、明け方に明るくなる方向に、オリオン座が輝いていたのだった。
オリオン座は、冬の星座である。
冬の星座が、夏の夜明け前に、見えるのだ。

地球はまわりて、季節はめぐっている。

そんなある日、オリオンに引かれて外に出てみた。パジャマのまま、サンダル履きでふらふらと。
奥まった住宅地に、外灯が、照らす人もなく点々と灯っている。
小さな公園に出て、ベンチに寝そべってオリオンと月と、薄く流れる雲を見ていた。

人が来た。
警戒が必要な人には見えない。
私は、パジャマのままなので、立ち上がるよりそこにいるほうがまだ恥ずかしくない。人に会って恥ずかしいならパジャマで外に出るな、って、それが星空の引力。
その人は、私と距離をとって座り、しばらくふたりともじっとそこにいた。

見知らぬ誰かが、ライターに火を灯す。その気配。じゅっという音。そして明滅しはじめるオレンジの光。
家で煙草を吸えずに屋外に出る人を、蛍族とはよく言ったものだと、命名の妙に感心する。

煙草の匂いが、遅れて、鼻孔に届く。
見知らぬ誰かと同じ空気を吸う。
雲が流れてまたオリオンが輝く。
夜明けがまた来る。地球は何万年何十万年も、こうして朝を迎え、新しい季節を迎える。

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