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2013年11月

2013年11月30日 (土)

2013/12/1朝日新聞書評欄

12月1日の朝日新聞、日曜版の書評面に、書評を寄せています。
本は、『都会で聖者になるのはたいへんだ ブルース・スプリングスティーン インタビュー集1973−2012』
(リンク)

紙面には載せられなかった全文を、ここに掲載したいと思います。
掲載ヴァージョンは、掲載が終わったら載せようと思います。

実はそれほど期待せずに読んだ(ごめんなさい!!!)スターのインタビュー&発言集なのだが、知らない時代や街の空気まで伝わってくるようで、さすがは現代の吟遊詩人。そして、ある文化を代表するスターからは、やはり、時代、社会、世界が見えてくる。
圧倒的な他者からは、自己の姿も、見えてくる。
彼の音楽に触れたことがない人にも、ぜひ、読んでもらいたい。
私自身、追体験できてとてもよかった。

・・・・・♪

 十六歳の冬、車のラジオから流れてくるブルース・スプリングスティーンの曲『ハングリー・ハート』が支えだった。車で出て、違うふうに曲がり、妻子を置き去りにした男の歌だ。それが奇妙にあっけらかんとした明るさで歌われる。私は一人でアメリカの北東部の小さな町にいて、学校でもホストファミリー宅でも、最高によるべなかった。寒い気候にも慣れなかったし、くだらない冗談こそ外国語では言えないこともストレスだった。

 学校にいく道は、いつもひと通りだ。毎日同じ景色を見て、たとえば分岐点で、この道を反対方向に曲がったらどうなるだろうと考えていた、私の一日は、私の人生は。ステアリングを握るのは私ではなく、私はただ毎日運ばれるだけの存在なのだが。

 やがて、いつもと同じ方向に舵が切られて、選ばれなかったほう
の道はゆっくり視界を去る。『ハングリー・ハート』の男は、知らない街で終わると知っている恋をし、別れ、家には帰らないが、帰る場所を本当は欲している。実行する人は少ないが、誰にでもある相反した心と両面性。誰もが満たされない心(ハングリー・ハート)を抱えている。それを誰かが実行してくれることで、楽になる別の誰かもいる。その誰かは、自分だったりもする。

 学校で唯一人の外国人の私を、何かとかまってくれたのは、今思えばイタリア系の姓の子だった。そういうことを知るのはずいぶん後のことだ。その頃はアメリカ白人の中の先祖の出身の差なんてわからなかったし、アメリカ白人にも労働者階級がいて働くだけの毎日を送る人達もいるなんてことへの、想像力もなかった。

 それでも、私が反応したのは、そういうアメリカの、さらにはぐれ者たちの音だった。

 この本の原題は、”SPRINGSTEEN ON SPRINGSTEEN"という。「スプリングスティーンが語るスプリングスティーン」くらいの意味だが、驚いたことに、彼の肉声を集めた本は、今までなかったのだという。ただし『都会で聖者になるのはたいへんだ』という邦題はどうかな? 初期インタヴュー集と誤解するので。    

 インタヴュー集の優れた点は、現在の視点からの修正がないことだ。そのときどきの声がリアルに保存されて、人の歴史に立ち会える。と同時に、真摯なインタヴューであればいつでも、そこから時代や社会が見えてくる。

 これはひとつのアメリカ史としても読めるのだが、できれば彼の曲を一緒に体験してほしい。私自身、読んでいちばんよかったことは、その音楽を再体験できたことだった。というのは、言葉(トーク)と曲(ショー)には常にギャップがあり、そのギャップにこそ、人の本質はある気がする。たとえば、サービス精神旺盛なトークと、曲のくらさ。

 またスプリングスティーンほど「境界」と「越境」を正面から描いたミュージシャンも多くないのだ。

 様々な境界が立ち上がる。摩天楼の都会ニューヨークを、橋やトンネルの向こうから見る工業地帯ニュージャージー。川、橋、トンネル。開いても出てはいけないドア、仰ぎ見る丘の上の豪邸、などなど。

 そして、そうした境界を駆け抜けていくことが一曲のドライヴとなっている。一曲は、まるで車でドライヴされるように走り抜けられる。スプリングスティーンほど、エンジンに乗って走ることそれ自体を音として表現し得たミュージシャンはいないと私は思う。異なる世界を走り抜けていくようだからこそ、詩というより一編の小説を読んだような味わいがある。

 スプリングスティーンは自らの音楽をロックとはあまり言わない。「ロックンロール」だ。それが大事なのだ、人生最初の衝撃なのだ。彼の自己認識はいつも「ロックンロール・バンドのフロントマン」である。

 ロックンロールの誕生は、アメリカ史においてアメリカ独立くらい事件であったと思う。しかしそれが、黒人音楽をベースにしていたところが、歴史の妙であり、皮肉であり、希望だ。
 だから彼のバンド「Eストリートバンド」は、黒人のサックスプレイヤー、ビッグマンことクラレンス・クレモンズを、自然と象徴としたのだろう。工場と矛盾の吹き溜まりのようなニュージャージーの小さな町。川の向こうは、橋やトンネルを隔てた摩天楼のニューヨークとの落差。

 そこで奴隷の末裔と白人労働者階級の落ちこぼれたちが出会ったとき、運命は本格的に動き始めた。

 別の本で読んだことだが、奴隷解放は、実は南北戦争の旗印ではなかったという説がある。それは、劣勢だった北軍が黒人奴隷を兵士として獲得する手段であり、南北戦争が北軍の勝利に終わった時に、黒人たちは、さらに過酷な自由競争の中へと丸裸で放り込まれたのだと。奴隷制からの開放が自由を意味したら、なぜ黒人公民権運動の叫びが「フリーダム・ナウ!」であったのだろう?

 「自由」と「自由主義」は、今でもあまりにたやすく混同されるし、それを為政者に利用されもする。今の日本の状況は、リアルにアメリカの写し絵だ。

 一体、俺達は自由なのか、自由なのは市場なのか?
 叶えられなかった夢は自己責任なのか?

 「エンターテンメントを政治の道具とすべきじゃない」と語り、かつてそうされかかった(よりによって嫌いなレーガンに)傷も持つ彼だが、2004年に打倒ブッシュを胸にジョン・ケリー候補、08年にバラク・オバマ候補の大統領選の応援に立っている。

 オバマへの応援には、全人格的な感応が感じられる。異文化を存在として併せ呑むオバマに、スプリングスティーンは、未来であると同時に本来のアメリカを見たのではないか。

 もっと言えば、大統領史上のロックンロールの誕生を。
 とともに、アメリカ政治というのの本質が世界へと発信される大掛かりな「ショー」でありであることも、この類まれなショーマンは本書のなかで教えてくれる。 






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