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2014年7月

2014年7月31日 (木)

7/31 NHK『クローズアップ現代』出演

今日は七月最後の日。
七月半ばの凄い満月の前後、自分が歩んでいる道において大きなことがあり、しばらく日常生活困難者なほどだった。それを抜けたら、元気になったが、未知の状況が波のように来るようになった。

というわけで、今日はNHK『クローズアップ現代』に出ます。お題は「男の生きづらさ」。男の生きづらさはなかなか言語化されないし、言語化してみても世間に受け入れられにくかったりします。ピンときた方、殿方のみならずご婦人も、ご意見ください。
しかし初めてで生放送って、どういうメッセージもしくは罰ゲームですか? 楽しみます。呼吸するのを忘れないようにします。

さがさないでください。

セッションが終わって

内田樹さんとのトークイベントが終わり、家で夜中にぼけらーっとしてる。
内田樹さんは憧れの書き手であり武道家であり、彼の言葉、

「戦争は撤退戦によって記憶される」
 (正確ではないけれど、私の記憶に刻まれた言葉)

こそ、私が、天皇の戦争責任やらなんやら文芸作品の先行例がほとんどない領域で、ものを書くときの支えだった。
私は撤退戦をやってやろうと思ったんだ。大それてるけど。ほとんどモノ知らずの馬鹿力だけど。

  七月、このイベントのために生きてた感じがある。
終わればあっけないし、終われば至らなさばかり思い出される。
けれど、今日はちゃんと呼吸はできていたな。呼吸が浅くもならなかった。
それだけ?
いや、呼吸し続けるってすごく大事。当たり前のようだけど、無意識にも息を詰めたりしてないって、すごく大事。
 (呼吸のことは、別の機会にまた書いてみます。内田先生と個人的にした面白い話なども)
以前、自分の師匠とガチンコで話すとき「次に言うことで頭いっぱいで相手の話を聴いてないのだけはやめよう」と思ったら、聴くことはできたけれど、相手の話が盛大にずれていこうが止められずに、ただ相手の話と自分の呼吸を観察する行のようだった、てなことがあった(笑)。
そこからすれば私も、少しは進歩したにちがいない(笑)。よしとしよう(笑)。

この様子は、文芸誌の『文學界』に載ります。
加筆があるので、そこでもまたセッション。観てくれた人にも面白い読み物にします。

いろんな人に来ていただき、支えていただき、うれしかったです。ありがとう。このブログを読んでくださった方にも。ありがとう。

2014年7月29日 (火)

父への思いと、よく読めばお知らせと

新宿から首都高四号線に乗って都心環状線へと。神宮の森を右手に見て左の総武線と並走して。しかし仕事がえりに乗った運転手さんが、言ってはなんだが下手な人で、下手な運転手と行く首都高ほど、スリリングなものはない。

この道は、父とよく通っていたルート。子供の頃は、首都高に環状線と放射線があるのも知らず、四号線が私にとっての首都高だった。それでも、赤坂トンネルを抜けると空気がちがうと思っていたのを、思い出す。
父との記憶は、何かの「中」にある。クルマの中、あるいは膝の間。いつでも私はそんなところにいた。いつも「包まれて」いた、と同時に、目線は対面ではなく同じ方向を見ていた。そんなところが、ああ男親だなって、思った。

いつも父のクルマに乗っていて、それをなんとも思ったことがなかった。私は父を、信頼していたのだなあと、父といて安心していたのだなあと、下手なタクシーの中でみぞおちや肩を固くしながら、今さらながらに思った。
クルマで移動を共有するのは独特の体験で、体も心も合わせたトータルなものだ。信頼のある人に、普通にスキルがあれば、その人の運転はいつも信頼できる。 「ハンドルを握ると別人になる人」というのは、噂には聞くが、会ったことがない。案外、都市伝説なのではないかと思う。

えーとね、今日はね、渋谷にある放送局の夜七時半からの番組で、「男の生きづらさ」について話してくださいって言われて、今日は別件でそこにいたので、打ち合わせをしました。
31日、暇ならお目にかかりましょう。
本音いうと、みなくていいよ。きっとすべる。

たしかに生きづらいよな、男。
私はそう思うよ。
女の生きづらさ? んなもん百も承知さ。百時間だって語れるよ。でも、男の事情も、あるんだ。わかれよ、女たち。と、女の身ながらに思ったりする。男の世間も聖域も、なくなっているしね。それに、男の生きづらさは、話しても理解されにくい。

父の屈折や、夢見たこと、叶えられなかったこと。
あったであろう思いがけない幸福や、唐突な最期。
生きているうちには、考えてあげられなかった。こわいタクシーから降りて家に着いたら、緊張が溶けて体に血の気が戻り、はらはらと泣けてきた。

父について思ったことと、よく読めばお知らせ

新宿から首都高四号線に乗って都心環状線へと。神宮の森を右手に見て左の総武線と並走して。しかし仕事がえりに乗った運転手さんが、言ってはなんだが下手な人で、下手な運転手と行く首都高ほど、スリリングなものはない。

この道は、父とよく通っていたルート。子供の頃は、首都高に環状線と放射線があるのも知らず、四号線が私にとっての首都高だった。それでも、赤坂トンネルを抜けると空気がちがうと思っていたのを、思い出す。
父との記憶は、何かの「中」にある。クルマの中、あるいは膝の間。いつでも私はそんなところにいた。いつも「包まれて」いた、と同時に、目線は対面ではなく同じ方向を見ていた。そんなところが、ああ男親だなって、思った。

いつも父のクルマに乗っていて、それをなんとも思ったことがなかった。私は父を、信頼していたのだなあと、父といて安心していたのだなあと、下手なタクシーの中でみぞおちや肩を固くしながら、今さらながらに思った。
クルマで移動を共有するのは独特の体験で、体も心も合わせたトータルなものだ。信頼のある人に、普通にスキルがあれば、その人の運転はいつも信頼できる。 「ハンドルを握ると別人になる人」というのは、噂には聞くが、会ったことがない。案外、都市伝説なのではないかと思う。

えーとね、今日はね、渋谷にある放送局の夜七時半からの番組で、「男の生きづらさ」について話してくださいって言われて、今日は別件でそこにいたので、打ち合わせをしました。
31日、暇ならお目にかかりましょう。
本音いうと、みなくていいよ。きっとすべる。

たしかに生きづらいよな、男。
私はそう思うよ。
女の生きづらさ? んなもん百も承知さ。百時間だって語れるよ。でも、男の事情も、あるんだ。わかれよ、女たち。と、女の身ながらに思ったりする。男の世間も聖域も、なくなっているしね。それに、男の生きづらさは、話しても理解されにくい。

父の屈折や、夢見たこと、叶えられなかったこと。
あったであろう思いがけない幸福や、唐突な最期。
生きているうちには、考えてあげられなかった。こわいタクシーから降りて家に着いたら、緊張が溶けて体に血の気が戻り、はらはらと泣けてきた。

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