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2014年7月29日 (火)

父への思いと、よく読めばお知らせと

新宿から首都高四号線に乗って都心環状線へと。神宮の森を右手に見て左の総武線と並走して。しかし仕事がえりに乗った運転手さんが、言ってはなんだが下手な人で、下手な運転手と行く首都高ほど、スリリングなものはない。

この道は、父とよく通っていたルート。子供の頃は、首都高に環状線と放射線があるのも知らず、四号線が私にとっての首都高だった。それでも、赤坂トンネルを抜けると空気がちがうと思っていたのを、思い出す。
父との記憶は、何かの「中」にある。クルマの中、あるいは膝の間。いつでも私はそんなところにいた。いつも「包まれて」いた、と同時に、目線は対面ではなく同じ方向を見ていた。そんなところが、ああ男親だなって、思った。

いつも父のクルマに乗っていて、それをなんとも思ったことがなかった。私は父を、信頼していたのだなあと、父といて安心していたのだなあと、下手なタクシーの中でみぞおちや肩を固くしながら、今さらながらに思った。
クルマで移動を共有するのは独特の体験で、体も心も合わせたトータルなものだ。信頼のある人に、普通にスキルがあれば、その人の運転はいつも信頼できる。 「ハンドルを握ると別人になる人」というのは、噂には聞くが、会ったことがない。案外、都市伝説なのではないかと思う。

えーとね、今日はね、渋谷にある放送局の夜七時半からの番組で、「男の生きづらさ」について話してくださいって言われて、今日は別件でそこにいたので、打ち合わせをしました。
31日、暇ならお目にかかりましょう。
本音いうと、みなくていいよ。きっとすべる。

たしかに生きづらいよな、男。
私はそう思うよ。
女の生きづらさ? んなもん百も承知さ。百時間だって語れるよ。でも、男の事情も、あるんだ。わかれよ、女たち。と、女の身ながらに思ったりする。男の世間も聖域も、なくなっているしね。それに、男の生きづらさは、話しても理解されにくい。

父の屈折や、夢見たこと、叶えられなかったこと。
あったであろう思いがけない幸福や、唐突な最期。
生きているうちには、考えてあげられなかった。こわいタクシーから降りて家に着いたら、緊張が溶けて体に血の気が戻り、はらはらと泣けてきた。

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