« 2014年12月 | トップページ | 2015年2月 »

2015年1月

2015年1月 6日 (火)

安藤礼二さんと対談(1/27 五反田ゲンロンカフェ)

1/27(火) 午後7時から、なんと!安藤礼二さんとトークします! なんと!というのは、安藤礼二さんに対話者として指名されるのは、私自身がなんとの驚きと喜びだっ たから。安藤礼二さんは、私が折口信夫と本当に出逢ったきっかけ(出逢ってても本当の意味では出逢ってないことって、たくさんあります)。そして私の大ア イドル。

その安藤さんのデビュー作『神々の闘争 折口信夫論』を読んだ時、「なんだこの人は!!?」と衝撃を受けました。折口信夫を論じるのではなく、折口信夫「として」そこに立ちコトバをゼロから生成しているような感じがしたのです。
それは、本なのだけど、間違いなく「現場」であり、創造のゼロポイントだった。
そのことに私はふるえました。
折口信夫は、神が降り立つその「現場」に立ってコトバを紡いだ、その折口を「研究」するのであれば、その「やり方」こそに共振するのが真の継承者だと思った。

そしてそれが、(現代では忘れられかけているけれど)、「批評」という行為の本来の意味なんだ。
「読む」とはそれを「生き直す」こと。
「読む」とは創造的なことであり、「書く」と同じこと。

実を言うと、安藤礼二さんに話をうかがわなければ、私の小説『東京プリズン』は、なかったのかもしれない。少なくとも、ああではなかったと思う。
そのフィードバックが返ってくるなんて!
その人と今お話しができて、本当にうれしい。

場所は、東浩紀さん主催のゲンロンカフェ(五反田)

クローズドで、ニコニコ動画配信なんかもあるみたい。
詳しくは主催者にお問い合わせください。

http://peatix.com/event/67794

2015年1月 4日 (日)

新春の挨拶のようなもの

昨日(1/2)、自分が出たテレビ番組の『100分de名著』の放映を見た。
http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/2015special/index.html

自分が出たテレビ番組をちゃんと見るのは初めてで、その意味でも自分の中で大きな意味のあった仕事だった。
100分の番組を録るというのは大変で、午後3時ころ現場に入って、打ち合わせから始まり、終わったのが午前1時を回っていた。現場の人って、ほんと大変。頭が下がる。

誰もが一度は朦朧としたと思う。自分があれをできたのは、そもそも出ることを決めることができたのは(教養があるタイプではないので、ああいう場にはあまり出たくない。頭のいい人ばかりだもの)、司会の伊集院光さんの力が大きかった。

もともとファンだったのだけど、よりファンになった。
休憩のとき、「ごめんなさい」と私たち出演者に謝っていた。
「俺がわかったふりをして進めれば、もっと速いのに」と。
それにとても心を打たれた。
瞬間瞬間、全開、全身全霊で当たらないと「わからない」ことには対処できない。
既知で対応しない。既知の範囲に収めない。いつも新鮮に反応する。

私もそうありたいと願っている。でも、つい、バカを隠したかったり、空気を読み過ぎたりして、わかったふりをしたくなることは、ある。初心を忘れる。
やっぱり、それはすまい。
ひとつひとつは小さな「それ」が積み重なって、今の社会はこうなのじゃないか?
そんなふうにも思った。
わかったふりはすまい。
すべての無知を自分が引き受ける、それくらいの覚悟でいよう。
そう思った。
真夜中にそう思ったことを、忘れない。

伊集院さんのみならず、すべてに助けてもらった。
いつもそうであることを、再認識させてもらった仕事だった。中沢新一さん、斎藤環さん、松岡正剛さん、武内陶子アナウンサー、ディレクターにプロデューサーにカメラマンに編集さん。
その日の授業を休講にさせてくれた私の生徒ちゃんたちに助手くん。同僚たち。見てくださった人たち。このブログや私の本や記事を読んでくださる人たち。家族。愛すべき友人たち。みなさんに、この場を借りて御礼を申し上げます。

なんだか大げさな気もするけれど、新春の挨拶みたいにもなりました。
本年もよろしくお願い申し上げます。

(興味のある方は、再放送かオンデマンドでチェックしてみてください。出演者の私にとっても、今とても必要な智慧が、そこにありました)

2015年1月 1日 (木)

新年のごあいさつ と訂正(『100分de名著』は21:30から)

あけましておめでとうございます。
今年はキュンキュンな小説をぶっとばしていこうと思います。

新年早々訂正があります。
昨日のブログの告知ですが、テレビ番組の時刻が30分早い始まりになっておりました。
1月2日の『100分de名著』は、Eテレ21:30からです。
記事は修正ずみです。

折口信夫『死者の書』を語ります。
『死者の書』を胸キュン恋愛小説だとは、不思議なことに言う人があまりいないのですが、作者がどう読んでもそう書いている(と私は思う)ものを、そう読まないのは失礼であろう!と私は思うのです。
多くの人が折口と、初めて、丸ごと、出会えることを願って語ったつもりです。
話し方はつたないですし、びっくりするほどものも知らない人間ですが、誠心誠意やってはおります。目立つところにバカがいるのも、見ている人の気が楽になる効用がもしかしてあったりするかもしれない、と思っています。
ご指導ご鞭撻いただけたら、さいわいです。

本年もどうぞよろしく。

« 2014年12月 | トップページ | 2015年2月 »